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ホーム財団アラカルトRoad to Dazaifu|歴史の道・時の扉 人と神仏がともに暮らす緑の里 宇佐・国東 その4(大分県宇佐市)

財団アラカルト
TheRoadtoDazaifu 〜太宰府への道〜
2009年10月19日

歴史の道・時の扉 人と神仏がともに暮らす緑の里 宇佐・国東 その4(大分県宇佐市)

4.田園風景で、宝と出会える六郷満山

●国東半島全体が六郷満山
 九州の北東側、豊後水道に向かって丸く突き出しているのが国東半島だ。円のほぼ中心に両子山(721m)があり、半島は横から見ると円錐形(えんすいけい)をなしている。
 六郷満山とは、両子山から放射状に伸びる谷筋にそって形成された、武蔵(むさし)、来縄(くなわ)、国東(くにさき)、田染(たしぶ)、安岐(あき)、伊美(いみ)という六つの郷に建てられた寺院群を指す。
 国東半島の寺院は、学問をするための本山、修行をするための中山、布教するための末山に分かれ、それぞれに本寺と末寺があった。本・中・末の山を総称して“満山”となる。
 現在は、六郷満山には33の寺院が数えられているが、ほとんどの寺院は仁聞(にんもん)という僧によって開かれた、とされる。

 伝承によると、仁聞(にんもん)は養老2(718)年に、28の寺院と6万9千体の仏像を国東半島の各地に造った。菩薩とも呼ばれ、はたまた八幡大神の化身ともいわれる仁聞だが、ただ一人で寺院群を造ったというのは、にわかに信じられない。
 だが、国東半島の寺院群を見て行くうちに「六郷満山全体のグランドデザインを描いた人がいたんだろうな」と思えるほどに、世界観が統一されていることに気づく。

 国東半島の寺院群は、宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺の僧が、あらたな行場を求めて切り開いたものである。神仏習合という宇佐で花開いた宗教運動が、国東半島に結実した。それが六郷満山なのだ。
 
富貴寺は九州最古の木族建築
富貴寺は九州最古の木族建築
富貴寺内部の再現模型
富貴寺内部の再現模型
六郷満山に現存する寺院、仏像は平安時代にまでさかのぼるものもある。国宝や重要文化財に指定された、感嘆するほどに美しい寺院や仏像とともに、庶民が寄進した微笑ましい仏像も、豊かな風土に同居している。
 その魅力を味わうには、実際に国東半島を訪れるのが一番。今回は、代表的な寺院を駆け足で紹介したい。

 ●六郷満山の精華・富貴寺(ふきじ)(豊後高田市)
 豊後高田市の蕗谷(ふきだに)のほぼ中央にある富貴寺大堂は、六郷満山の最盛期をしのばせる建築物として名高い。
 富貴寺には久安3(1147)年の銘が残る鬼神面が残り、そのころには同寺が存在していることが分かる。富貴寺大堂も平安時代後期の建築物とされ、現存する九州最古の木造建築物だ。

 石段を登り、山門をくぐって、富貴寺大堂の特徴的な屋根に目がとまる。優美な曲線を描きながら、下に向かうにつれて広がっていく姿は、同大堂を実際の大きさよりも宏大に見せ、見る者に迫ってくるような感覚を与える。

 近畿以外で、和様の平安様式の特色が残る建物は非常に珍しく、国宝に指定。本尊は阿弥陀如来で、もともとは阿弥陀堂であった。そのため、宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂と並んで日本三阿弥陀堂の1つにも数えられる。

 富貴寺大堂は内部も公開されている。わずかな証明と差し込む外光に浮かび上がる阿弥陀如来像(国重文)の表情は、とても穏やか。壁面には極楽浄土を表した装飾が施されているが、今は風化してかすかに痕跡が残る程度にしか見えない。
 大分県立歴史博物館には、往時の堂内を忠実に再現して展示してある。現在の質朴な印象の富貴寺大堂も素晴らしいが、極彩色に彩られた“極楽浄土”を眺めると、富貴寺大堂が堪えてきた風雪を感じることができる。

 境内には六所権現を祀る六所神社もあり、神仏習合の形式も見て取れる。同社の鳥居は石造だが、形は宇佐鳥居と良く似ている。
 鎌倉時代の笠塔婆(かさとば)や室町時代の国東塔(くにさきとう)もある。国東塔とは、国東半島で独自に発展した宝塔のことで、一般的な宝塔にはない台座が、国東塔には基礎と塔身の間に蓮花座が施されている。
明治時代、富貴寺の調査をした歴史学者によって見いだされ、その時に「国東塔」と名付けられた。

 平安期のたおやかな風情が漂う富貴寺大堂は、六郷満山の精華と呼ばれるにふさわしい。


 ●異形の仏身が伝える教えの尊さ・真木大堂(豊後高田市)
 建築の妙を伝える富貴寺に対し、六郷満山の仏像の代表格が鎮座するのが真木大堂である。
 阿弥陀如来像、不動明王像、大威徳明王像とその脇侍(わきじ)、合計9体の平安木造仏が公開されている。

 悟りの境地を体現した阿弥陀如来像、炎をまとった不動明王の憤怒の表情も素晴らしいが、誰の目も釘付けにするのは「大威徳明王像」だろう。

 水牛にまたがって現れる仏身は、六面六臂六足、すなわち6つの顔と、6本の腕、6本の足を持つ。大威徳明王は、見慣れぬ仏さまかもしれない。
 「明王」とは密教特有の尊格で、不動妙を中心に五明王がある。大威徳明王は西方を守護する。真木大堂は馬城山伝乗寺という六郷満山最大の寺院の堂宇の1つだったが、700年前の大火で施設のほとんどが焼失した。
 とすると、五明王の残り三体も本来はあったわけで、脇侍などを数えると相当数の美しい仏像が鎮座していたことになる。
 大威徳明王像は全高約2・5mあり、同仏像としては日本最大である。
 
日本最大の大威徳明王像
日本最大の大威徳明王像
仏像は立体的な仏典だ
仏像は立体的な仏典だ
不動明王などの憤怒は「怒ってでも、人々に仏の教えを伝えたい」という決意の現れだという。仏像は祈願する対象となる偶像である前に、視覚に訴える立体的な仏典なのだ。
 真木大堂の仏たちは、京都や奈良の寺院にある仏像に負けずとも劣らない。表情、バランス、ポーズ…。美しさが、人々を教え導くパワーの源なのだ。

 これらの仏像は管理のため、巨大な収蔵庫で公開されているが、もともとは隣接する旧本堂に鎮座されていた。大堂には仁王像もるが、こちらは少々荒削りだ。

 境内からは馬城山の展望所へ登る道がある。山頂には、六所権現と金毘羅宮がある。また境内の一部は「古代公園」として整備され、豊後高田市内にあった国東塔や宝塔、石仏などが集められている。大小、さまざまな形の「信心のカタチ」を眺めていると、時間が経つのも忘れてしまいそうだ。
 


 (5. 千年を超える祈りの里 へ続く)
 

 


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